序  

本研究作品は、光と物体と影の関係を反転し、「影」のコンポジションをデザインすることから立ち上がる時空間を組みたてる方法を探し、従来の設計、計画学とは異なるプロセスをもって建築空間の造形化を試みることを目的とする。「光」の「影」に対する優位 性は、広域にわたって一般的であり、「光」をコントロールすることが建築の空間操作において重要なファクターを占めているのは変わらない。光と影は表裏一体であるのに、「影」を主とした空間操作はあまり事例をみないのである。単に通 説的なものの見方を反転してみるといった試みではなく、影の文化的コンテクストを探り、造形化の方法論を探究することによって、今までとは違った空間像が現れてくる可能性を探ることは有意義なことであると思われる。

本研究作品を創作するにあたり、以下のようなプロセスを踏んだ。「影」を主とした空間操作を行うためには、観念的なものとしての「影」のもつ意味や性質と、物理的現象としての意味や性質をはっきりと打ち出す必要がある。そこでまず、観念的な「影」に関しては、建築に限らず、時代や地域性、分類をこえてどのように「影」が概念として捉えられてきたのかを様々な文化的コンテクストから読み取る(第一章)。物理的現象としての「影」に関しては、光源を自然光とした時の「物体」と「影」の間に生じる基本的な性質をピックアップし、それを空間的に実体化可能とするための方法を対応づける(第二章)。ここで、光源を自然光に設定したのは、人間にとっての「影」の観念が形作られたベースは「自然光=太陽」と、「物体」とによって作り出されるものであったからであり、まずはこのプリミティブな関係性から考えることが重要なことだからである。 このようなプロセスを経て、「影」の観念と、物理的性質から導き出される「影」を空間に意図的に発生させる方法とを相互リンクさせて自在にコントロールすることが可能となったときに、詩歌にさまざまな思いや意味をかけてうたうことを「詠む」というように、「影」のもつ多面 性、豊かな意味空間を「詠む」ことが可能となるはずである(第三章)。

本研究作品論文は、大きく下記の三部構成で記述される。 第一章においては、観念的な「影」を捉えるために、「影」の記述を文化の諸領域を構成する哲学、心理学、文化人類学等多様な角度から照射する。もともと「光と闇」という対立図式だったものが「光と影」という近代的対立に移っていった過程を読みとき、「光と影」という図式の中でより強度に光を拡張していった近代建築を取り上げ、その方法を概観すると共に、問題点を浮きぼりにする。また、影が空間に多大な影響を及ぼす事例を数点あげる。 第二章では、特に自然光を対象とした時の、影から空間を造形する方法の具体的な創出のプロセスを示す。影と影を落す物体の関係の性質(影の資質)、幾種類かの基本的な要素をピックアップし、さらに影を落とすモノと、影の関係に影響を与える事柄、「朝昼晩」(1日)、「春夏秋冬」(1年)というパラメータをスタディによって段階的に検証すると同時に物性と影の関係を考察する。 第三章は、第一章において見てきた影の概念から、空間にポジティブに働きかける要素を見い出す。なぜ、影が魅力的であるのか、影をとりあげる意味を考察し、二章で得た影の空間操作法を用いて、作品化したものを解説している。

 

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